黒爺のハーフボイルドな71年

黒爺の食い散らかしの恥 書き捨て

しゃべれどもしゃべれども&ボラット

シネマクレール石関、丸の内

表現の仕方が極端に違うがどちらもコミュニケーションがテーマである。「しゃべれども〜」は無愛想で口べたな美人、東京に転校してきた大阪弁の少年、腕は確かなのに毒舌な元プロ野球解説者が伸び悩んでいる二つ目の落語家のもとに集まり落語を通してそれぞれ新しい一歩を踏み出す物語。悩みは「伝えたいことが言えない」「言っても伝わらない」ことである。なぜ相手に伝わらないのか。
フランク・ザッパみたいな顔のボラットカザフスタンのTVレポーターである。アメリカの文化を伝えるために派遣された。渡米してボラットは母国での常識に乗っ取った行動「自慢の妹は村で4番目に人気の売春婦」「ユダヤ人追い祭」「女性が運転するのはサルがするよりも危険だ」「国旗でケツを拭く」「(ディナーでトイレを借りて)このウンコはどうすればいいのでしょうか」。映画館内は爆笑の渦だが、現在の欧米文化の逆手を取ったものであることはいうまでもない。文化、正義、品格、格差、マナー、差別、良識、欲望どれもコミュニケーションなしには成立しない。少なくとも撃ち殺すことで問題解決を図るのはコミュニケーションとは言わないと、ブッシュに伝えたいのだ。
きっと良識のある方はボラックを見ると不愉快になるかもしれないので「しゃべれども〜」を推奨。