黒爺のハーフボイルドな71年

黒爺の食い散らかしの恥 書き捨て

冷し中華@自宅派

ウインナーを細切りにしてみた。

タレをジャバジャバかけていただきまする。
全日本冷し中華愛好会略して全冷中。1976年冬「月刊ニューセルフ」というエロ雑誌になぜか「冷し中華思想の研究」の連載が開始され赤瀬川源平平岡正明らの論文が掲載されていた。本屋でこの本を手にとる事自体恥ずかしい行為だったが止む終えず購入していた。本屋の親父は毎号買っているのを憶えていていつも一冊取りおいていた。連載が終わって買うつもりがなくなった月「来てるよ、買わないのイヒヒ彼女でもできたか」と卑猥な作り笑顔を浮かべて煽るので「えぇい頭が高い、この儂を誰と心得る。いやしくも全冷中会員であるぞ!」とか見栄を切ったりはせず素直に買っていたなぁ。
1977年(冷中3年)4月東京有楽町の読売ホール「第一回冷し中華祭り」、1978年(鳴戸2 年)4月平和島湯泉会館で第2回大会。司会は林美雄。これはどちらもおもしろかったなぁ。その一年後六本木ピットインにふと立ち寄ったときそこで繰り広げられていたのは「全日本冷し中華愛好会の死亡宣言」ライブだった。時は1979年(鳴門3年)4月偶然とはいえ解散ライブの途中に入り込むとは不思議な縁であった。